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	<title>落雁　諸江屋 &#187; 百万石ゆかりの菓子</title>
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		<title>福徳せんべい</title>
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		<pubDate>Thu, 03 Jul 2008 11:07:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

十二代加賀藩主前田斉広（なりなが）公の文化六年（1809）、金沢城二の丸御殿が新造された折、その祝賀用に創案された菓子である。創案者は前田家御用の七代樫田吉造の内儀とされる。よほど斉広公が気に入られたのだろう、文政六 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/fukutoku.jpg" /></p>
<p><span id="more-76"></span></p>
<p>十二代加賀藩主前田斉広（なりなが）公の文化六年（1809）、金沢城二の丸御殿が新造された折、その祝賀用に創案された菓子である。創案者は前田家御用の七代樫田吉造の内儀とされる。よほど斉広公が気に入られたのだろう、文政六年（1823）の竹沢御殿落成時にも用いられた記録が残る。</p>
<p>おめでたい福俵、打出の小槌、砂金袋をかたどった餅種を焼き、金を表す黄と銀を表す白に仕上げる。中に金沢の婚礼調度に用いられる土人形のミニチュアと、小型の金花糖を入れたところが妙味である。</p>
<p>明治以降、正月菓子として金沢の菓子屋がこぞって売り出したが、現在も扱っているのは諸江屋のみである。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<p><font color="#FF3333">※この商品は毎年12月中のみ製造販売されます</font></p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
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		<title>五色羹</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/37</link>
		<comments>http://moroeya.co.jp/archives/37#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:30:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

練羊羹を五色に重ねた、加賀藩主の日々の菓子である。
金沢城二ノ丸御殿大膳所蔵の『御菓子製造控』に登場する。
紫・白小豆・紅・緑・黄と、それぞれ色づけしてある。漆塗りの木枠に
一色ずつ流し合わせていく手間のかかる製法が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/goshikikan.jpg" /></p>
<p><span id="more-37"></span></p>
<p>練羊羹を五色に重ねた、加賀藩主の日々の菓子である。<br />
金沢城二ノ丸御殿大膳所蔵の『御菓子製造控』に登場する。</p>
<p>紫・白小豆・紅・緑・黄と、それぞれ色づけしてある。漆塗りの木枠に<br />
一色ずつ流し合わせていく手間のかかる製法が災いしたのか、<br />
いつの間にか姿を消した。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>炙り餅</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/36</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:29:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

芋掘藤五郎（いもほり　とうごろう）ゆかりの観音像を本尊とする卯辰観音は、
3代加賀藩主前田利常に輿入れした珠姫が安産を祈願した事で一躍有名になり、
8月9日の四万六千日はもとより、毎月の十八日詣も、大勢の庶民で賑わっ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/aburi.jpg" /></p>
<p><span id="more-36"></span></p>
<p>芋掘藤五郎（いもほり　とうごろう）ゆかりの観音像を本尊とする卯辰観音は、<br />
3代加賀藩主前田利常に輿入れした珠姫が安産を祈願した事で一躍有名になり、<br />
8月9日の四万六千日はもとより、毎月の十八日詣も、大勢の庶民で賑わった。<br />
参詣者がこぞって求めた観音町名物は、門前に店を構える若松屋の飴と蓑屋の<br />
お焼き団子である。お焼き団子は白味噌生姜たれの四つ刺し団子で、行き交う<br />
人の袖にたれが付いて困ったという逸話が残るほど人気が高く、文化・文政<br />
（1804～1830）のころは、二人の美人姉妹も評判を呼んだという。</p>
<p>このお焼き団子に着想を得て、千日町の団子商・茶屋梅田与三右衛門が<br />
文政年間（1818～1830）に創案したのが、野田神明宮（泉野神社）の祭礼名物<br />
として知られる炙り餅である。こちらは御幣の形をした五つ刺しで、たれは<br />
お焼き団子と同じ白味噌生姜。現在は神明宮が直接扱っているが、当時は境内に<br />
軒を並べた露天商が商っており、私の子供のころも露天商で買っていた記憶がある。<br />
『炙り餅を食べると物負けしない』とされ、境内で食べてしまう慣わしだった。</p>
<p>食べ物は勘所さえつかめば、オリジナルでなくとも名物になり得る好例といえよう。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>梅枝もち</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/35</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:27:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

加賀一ノ宮として知られる白山比咩神社（しらやまひめじんじゃ）の
例大祭（五月六日）には、さまざまな神饌が供えられる。神饌の餅は六種あり、
その一つが『梅枝もち』である。潔斎した神職が、米粉を水でこね、蒸上げて
棒状の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/umegaemochi.jpg" /></p>
<p><span id="more-35"></span></p>
<p>加賀一ノ宮として知られる白山比咩神社（しらやまひめじんじゃ）の<br />
例大祭（五月六日）には、さまざまな神饌が供えられる。神饌の餅は六種あり、<br />
その一つが『梅枝もち』である。潔斎した神職が、米粉を水でこね、蒸上げて<br />
棒状の団子にしたものに、梅の枝を模してヘラで六つのきざを付け、胡麻油で<br />
揚げる。現在は十本ずつ麻でゆわえ、三束計三十本をもって一盛となす。</p>
<p>『白山比咩神社略史』によると、『梅枝もち』の由来は菅原道真公にさかのぼり、<br />
加賀守に就いたことのある道真公が、寛永八年（八九六）四月七日に献じたと<br />
古伝が残っている。まだ原始的な菓子しかなかった時代に、道真公が加賀の<br />
地に初めて都ふうの図案化された餅をもたらしたわけである。この意匠の神饌餅は<br />
ほかになく、白山比咩神社のみに伝わっている事も特筆されよう。</p>
<p>道真公は元慶（がんぎょう）七年（八八三）、渤海客使が加賀国に到着したのを<br />
迎えるために加賀権守となった。都で冶部大輔（じぶのたいふ）として客使の<br />
接伴員役を務めた際、禁裏内の菓子製造工場である主菓餅（くだもののつかさ）<br />
（菓餅所と称した）に作らせたのが、あるいは『梅枝もち』だったのかもしれない。</p>
<p>周知の通り、加賀藩主前田家は道真公を祖と仰ぎ、加賀の地に天神信仰を<br />
普及させ、家紋にも梅を使った。『梅枝もち』を加賀百万石にゆかりの深い餅とする<br />
ゆえんである。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
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		<title>干菓子</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/34</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:25:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

北陸における落雁のルーツは越中・井波の板倉家だと考えられる。
後掲の『加越能文庫』所蔵の板倉家文書『稟告江湖諸君（りんこくこうこしょくん）』
によれば、板倉家4代目が製造した墨形菓子（落雁）を、慶長6年（1601）、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/hoshigashi.jpg" /></p>
<p><span id="more-34"></span></p>
<p>北陸における落雁のルーツは越中・井波の板倉家だと考えられる。<br />
後掲の『加越能文庫』所蔵の板倉家文書『稟告江湖諸君（りんこくこうこしょくん）』<br />
によれば、板倉家4代目が製造した墨形菓子（落雁）を、慶長6年（1601）、<br />
2代目加賀藩主前田利長公が徳川家康公の関が原戦勝を祝って献上している。</p>
<p>5代藩主前田綱紀公の元禄時代に、板倉家6代目が製した墨形菓子を有栖川親王に<br />
奉ったところ、親王が御所へ献上し、天皇から次の和歌を賜ったという。</p>
<p>『白山の雪より高き菓子の名は四方の千里に落る雁かな』</p>
<p>方寸の角形に黒白の胡麻を散らした意匠を田畑に落ちる雁と見立てたもので、<br />
ここから米の粗粉を用いる菓子を落雁と称するようになったとある。これが事実ならば、<br />
落雁という名称は北陸がルーツということになる。</p>
<p>板倉家13代目の板倉廣方（ひろかた）が著した同文書によると、板倉家初代は<br />
文明年間（1469～1487）、山城国壬生（みぶ）の里で、米を砕いた粗粉で<br />
菓子を製し、時の帝に奉っていた。2代目が蓮如上人に従って越前・吉崎に来て、<br />
その後越中・井波に移り、瑞泉寺（ずいせんじ）3世（蓮如上人二男）に仕えた。<br />
板倉家は仏前に供える『御華束（おけそく）』として墨形菓子を製し、のちに<br />
前田家御用となった。</p>
<p>正保年間（1644～1648）ごろまでは板倉家が前田家に直接納めていたが、<br />
その後金沢の菓子師に製造法を伝授し、以来金沢の名産になっとある。この<br />
菓子師とは楠の一党菊井左馬助（さまのすけ）かと思われる。元越中国八尾の<br />
住人で、井波へ移住し板倉家に干菓子の製法を習い、3代目加賀藩主前田利常公の<br />
命により、金沢・香林坊に出て『井波屋』と名乗り、御用菓子を製造したとの記録が残る。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>御法要献上菓子</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/33</link>
		<comments>http://moroeya.co.jp/archives/33#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:22:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

『加越能文庫』によれば、3代加賀藩主前田利常（としつね）公以降、幕末までの
前だけの葬儀・法要は、金沢では宝円寺、天徳院、如来寺、経王寺、玉龍寺の
五ヶ寺に、江戸では廣徳寺（こうとくじ）、伝通院の二ヶ寺に限って営まれ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/gohouyou.jpg" /></p>
<p><span id="more-33"></span></p>
<p>『加越能文庫』によれば、3代加賀藩主前田利常（としつね）公以降、幕末までの<br />
前だけの葬儀・法要は、金沢では宝円寺、天徳院、如来寺、経王寺、玉龍寺の<br />
五ヶ寺に、江戸では廣徳寺（こうとくじ）、伝通院の二ヶ寺に限って営まれている。</p>
<p>供えられる菓子は実に多彩であった。文政八年（1825）三月に亡くなられた<br />
12代藩主斉広（なりなが）公娘・直姫の葬儀は天徳院で営まれたが、施主が<br />
供えた菓子は村雨（むらさめ）、大緑（おおみどり）、菊花糖、雪餅、さざれ焼、<br />
中形落雁、菊葉糖の7種。また、忌明けの御中陰法要では、長生殿、菊桐落雁、<br />
養老糖、松風焼、錦糖、青緑、花筏（はないかだ）、宇治川をはじめ12種類にも<br />
及んだ。いずれも対である。</p>
<p>加えて家臣からの献上菓子も供えられた。写真は、享保十五年（1730）九月五日、<br />
天徳院で営まれた5代藩主綱紀公の七回忌に際し、人持組の中川家が献上した<br />
法要菓子の様式を再現したものである。菓子は代表的な法要干菓子から葵の<br />
更紗（さらさ）の2種を選んだ。</p>
<p>文書では、幅二尺、奥行き一尺五寸、深さ四寸の菱形杉箱に一尺五寸の脚を付け、<br />
造花を6本立て、干菓子を5斤盛るとされている。4辺の口張りは、届け先の<br />
金沢ニノ丸御殿において、執筆という係りが行う習わしだった。</p>
<p>文化年間（1804～1818）の法要では、人持組頭の横山家が焼饅頭を献上した<br />
記録があり、あるいは家臣ごとに献上する菓子が定まっていたのかもしれない。<br />
いずれにせよ、明治維新とともに献上菓子は消滅した。再現の試みにより、<br />
藩政期の法事文化の豊穣さに触れたことを喜びに思う。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>蓬莱</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/32</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:20:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

関白の豊臣秀吉公が天正十五年（1587）十月一日に京都の北野神社境内と
松原において開催した『北野大茶湯』は、その盛大さにおいて歴史上最も有名な
茶会である。秀吉公自身が茶を点てた相手だけでも八百三人にのぼったという [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/hourai.jpg" /></p>
<p><span id="more-32"></span></p>
<p>関白の豊臣秀吉公が天正十五年（1587）十月一日に京都の北野神社境内と<br />
松原において開催した『北野大茶湯』は、その盛大さにおいて歴史上最も有名な<br />
茶会である。秀吉公自身が茶を点てた相手だけでも八百三人にのぼったという。<br />
加賀藩主祖前田利家公は、くじ引きにより豊臣秀長、豊臣秀次（ひでつぐ）、<br />
蒲生氏郷（がもう　うじさと）、千利休（せんのりきゅう）らと二番席にて茶を喫した。</p>
<p>その茶会に際し、神社への献餞（けんせん）に用いられた菓子が、松竹と鶴亀を<br />
図案化した落雁『蓬莱』である。その木型は後に消失したが、『北野大茶湯』<br />
三百五十周年を記念して昭和十一年（1936）に開催された『昭和北野大茶湯』を<br />
機に復元された。</p>
<p>さて茶会後、『蓬莱』を下賜された利家公はそれを写し、松竹梅だけを描いた<br />
加賀藩版『蓬莱』を創案した。金沢城内でどのように使われたのかを示す史料は<br />
残念ながら見当たらないが、卯辰山の豊国神社の祭礼に使われていた形跡がある。<br />
明治期に至り、金沢の菓子屋が新年の初売りに使いようになったが、大正初期で<br />
姿を消した。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>金玉水・銀玉水</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/31</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:19:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://moroeya.sakura.ne.jp/archives/31</guid>
		<description><![CDATA[

葛饅頭の一種である。
通常、葛饅頭は二人がかりで作るが、『金玉水』『銀玉水』の場合は、
春日山焼の器に葛を流し、一人で仕上げる。葛をクチナシで黄色に
染め上げたのが『金玉水』、無着色の葛を使ったのが『銀玉水』で、対を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/gyokusui.jpg" /></p>
<p><span id="more-31"></span></p>
<p>葛饅頭の一種である。</p>
<p>通常、葛饅頭は二人がかりで作るが、『金玉水』『銀玉水』の場合は、<br />
春日山焼の器に葛を流し、一人で仕上げる。葛をクチナシで黄色に<br />
染め上げたのが『金玉水』、無着色の葛を使ったのが『銀玉水』で、対をなしている。</p>
<p>13代加賀藩主：前田斉泰公の文政九年（1826）正月六日の御前に登場するほか、<br />
城内における五節句の祝い膳にも上っていた。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
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		</item>
		<item>
		<title>有職御婚礼盛菓子</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/30</link>
		<comments>http://moroeya.co.jp/archives/30#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:16:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

四代藩主前田光高公以降、歴代加賀藩主の婚礼のほとんどは江戸の本郷邸で
行われている。文政10年（1827）、十三代加賀藩主前田斉泰公の正室となった
十一代将軍徳川家斉公二十一女溶姫の輿入れも、本郷邸に新築された御守殿 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/yuusoku.jpg" /></p>
<p><span id="more-30"></span></p>
<p>四代藩主前田光高公以降、歴代加賀藩主の婚礼のほとんどは江戸の本郷邸で<br />
行われている。文政10年（1827）、十三代加賀藩主前田斉泰公の正室となった<br />
十一代将軍徳川家斉公二十一女溶姫の輿入れも、本郷邸に新築された御守殿であった。</p>
<p>その際の『御住居、御間飾絵図』によれば、御婚礼菓子が飾られたのは御化粧之間<br />
である。床飾りとして掛物2幅、犬張子、蕨絹張（わらびきぬばり）、鳥子餅、御料理は<br />
五三三御本膳、同二膳、同三膳、盃、銚子（さしなべ）、堤子（ひなげ）と並んで、<br />
菓子が記されている。</p>
<p>では、いかなる菓子がどのように飾られたのか。かねがね気にかけていたところ、<br />
平成10年（1998）に石川県立美術館で開催された『前田利為と尊經閣文庫』展の<br />
図解を見て、積年の疑問が氷解した。大正14年（1925）2月の利為候と酒井菊子様の<br />
本郷邸における婚礼写真中に、くだんの御婚礼菓子が載っていたのである。</p>
<p>それは、『有職厨具図　紀宗直（きむねなお）伝』に『折お框（おりひつ）菓子』として<br />
記された有職の様式であった。写真のように、香立を施した器に若松と雌雄の鶴を<br />
立て、中に饅頭が盛られている。器は5寸角と定められた、饅頭の大きさは直径<br />
わずか1寸（3センチ）余りである。</p>
<p>この饅頭は金沢固有の酒饅頭ではなく、京都風の藷蕷（じょよ）饅頭だったと思われる。<br />
前田家の慶弔儀式は公家のしきたりに則っていたからである。実際、山芋を使って<br />
粘り気をもたせなければ、これだけ小さな饅頭を作ることは出来ない。いにしえの菓子の<br />
実現を通して実地に学んだことのある1つである。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
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		<title>松風焼・最中の月・小落雁</title>
		<link>http://moroeya.co.jp/archives/29</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Mar 2008 08:13:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>moroeya</dc:creator>
				<category><![CDATA[百万石ゆかりの菓子]]></category>

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		<description><![CDATA[

十三代加賀藩主前田斉泰公正室の偕殿（かいどの・溶姫）が、約一年半の金沢城
滞在の後、古里である江戸に出立したのは元治元年（1864）10月24日である。
先立つ同19年、金沢城二ノ丸御殿の竹之御間においてお別れの宴が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/image/yukari/syoufuuyaki.jpg" /></p>
<p><span id="more-29"></span></p>
<p>十三代加賀藩主前田斉泰公正室の偕殿（かいどの・溶姫）が、約一年半の金沢城<br />
滞在の後、古里である江戸に出立したのは元治元年（1864）10月24日である。<br />
先立つ同19年、金沢城二ノ丸御殿の竹之御間においてお別れの宴が催された。</p>
<p>「加越能文庫」にあるのが宴の献立帳によれば、昼の引菜膳（ひきなぜん・二汁五菜）<br />
には、斉泰公や側室の娘初姫（はつひめ）と洽姫（あいひめ）他70人が相伴し、<br />
後菓子は「養老糖（有平糖）」「長生殿」「唐いちご」であった。そして、15人が相伴した<br />
夜食の膳（一汁三菜）の干菓子が、この「松風焼」「最中の月」「小落雁」の3種である。</p>
<p>「松風焼」は日本古来の焼き菓子である。小麦粉に味噌と少々の飴を混ぜ、鉄板で<br />
焼いて芥子の実を振りかける。焼色の付いた表に対して、裏が白っぽいことから、<br />
うら寂しい風情に掛けて「松風」の名が付いた。また、「最中の月」は、丸い餅せんべいの<br />
表裏に和三盆糖の蜜を塗った菓子で、まん丸の月を表している。</p>
<p>いったんは江戸に戻った偕殿だが、いかなる事情か、慶応四年（1868）3月に再び<br />
金沢に帰国し、同 5月1日に逝去された。法名は「景徳院舜惟喬大禅定尼<br />
（けいとくいんしゅんきょうだいぜんていに）」。生涯、時代の大きなうねりに翻弄され続けた<br />
斉泰公だが、その御正室もまた波乱の人生を歩んだのだった。</p>
<p>北國新聞　出版局　月刊「アクタス」より</p>
<blockquote><p>
【加賀ゆかりの菓子について】</p>
<p>この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。<br />
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。</p>
<p><a href="/image/item/yukaribook.jpg" rel="lightbox"><img src="/image/item/_yukaribook.jpg" /></a></p>
<p><strong>記・加賀百萬石　【加賀ゆかりの菓子】</strong></p>
<p><font color="#FF9999">現在発売中</font></p>
<p>B5版／１８５ページ／オールカラー<br />
上製本／化粧ケース入り<br />
定価10,000円（消費税込み）</p>
<p><a href="http://moroeya.net/?pid=8013432" target="_blank">お求めはこちらまで</a>
</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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