御法要献上菓子

『加越能文庫』によれば、3代加賀藩主前田利常(としつね)公以降、幕末までの
前だけの葬儀・法要は、金沢では宝円寺、天徳院、如来寺、経王寺、玉龍寺の
五ヶ寺に、江戸では廣徳寺(こうとくじ)、伝通院の二ヶ寺に限って営まれている。

供えられる菓子は実に多彩であった。文政八年(1825)三月に亡くなられた
12代藩主斉広(なりなが)公娘・直姫の葬儀は天徳院で営まれたが、施主が
供えた菓子は村雨(むらさめ)、大緑(おおみどり)、菊花糖、雪餅、さざれ焼、
中形落雁、菊葉糖の7種。また、忌明けの御中陰法要では、長生殿、菊桐落雁、
養老糖、松風焼、錦糖、青緑、花筏(はないかだ)、宇治川をはじめ12種類にも
及んだ。いずれも対である。

加えて家臣からの献上菓子も供えられた。写真は、享保十五年(1730)九月五日、
天徳院で営まれた5代藩主綱紀公の七回忌に際し、人持組の中川家が献上した
法要菓子の様式を再現したものである。菓子は代表的な法要干菓子から葵の
更紗(さらさ)の2種を選んだ。

文書では、幅二尺、奥行き一尺五寸、深さ四寸の菱形杉箱に一尺五寸の脚を付け、
造花を6本立て、干菓子を5斤盛るとされている。4辺の口張りは、届け先の
金沢ニノ丸御殿において、執筆という係りが行う習わしだった。

文化年間(1804~1818)の法要では、人持組頭の横山家が焼饅頭を献上した
記録があり、あるいは家臣ごとに献上する菓子が定まっていたのかもしれない。
いずれにせよ、明治維新とともに献上菓子は消滅した。再現の試みにより、
藩政期の法事文化の豊穣さに触れたことを喜びに思う。

北國新聞 出版局 月刊「アクタス」より

【加賀ゆかりの菓子について】

この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。

記・加賀百萬石 【加賀ゆかりの菓子】

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百万石ゆかりの菓子 — @ 2008年3月26日 5:22 PM

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