有職御婚礼盛菓子

四代藩主前田光高公以降、歴代加賀藩主の婚礼のほとんどは江戸の本郷邸で
行われている。文政10年(1827)、十三代加賀藩主前田斉泰公の正室となった
十一代将軍徳川家斉公二十一女溶姫の輿入れも、本郷邸に新築された御守殿であった。
その際の『御住居、御間飾絵図』によれば、御婚礼菓子が飾られたのは御化粧之間
である。床飾りとして掛物2幅、犬張子、蕨絹張(わらびきぬばり)、鳥子餅、御料理は
五三三御本膳、同二膳、同三膳、盃、銚子(さしなべ)、堤子(ひなげ)と並んで、
菓子が記されている。
では、いかなる菓子がどのように飾られたのか。かねがね気にかけていたところ、
平成10年(1998)に石川県立美術館で開催された『前田利為と尊經閣文庫』展の
図解を見て、積年の疑問が氷解した。大正14年(1925)2月の利為候と酒井菊子様の
本郷邸における婚礼写真中に、くだんの御婚礼菓子が載っていたのである。
それは、『有職厨具図 紀宗直(きむねなお)伝』に『折お框(おりひつ)菓子』として
記された有職の様式であった。写真のように、香立を施した器に若松と雌雄の鶴を
立て、中に饅頭が盛られている。器は5寸角と定められた、饅頭の大きさは直径
わずか1寸(3センチ)余りである。
この饅頭は金沢固有の酒饅頭ではなく、京都風の藷蕷(じょよ)饅頭だったと思われる。
前田家の慶弔儀式は公家のしきたりに則っていたからである。実際、山芋を使って
粘り気をもたせなければ、これだけ小さな饅頭を作ることは出来ない。いにしえの菓子の
実現を通して実地に学んだことのある1つである。
北國新聞 出版局 月刊「アクタス」より
【加賀ゆかりの菓子について】
この菓子は、加賀の菓子文化の歴史を再現するため特別に作られました。
そのため販売は一切しておりませんのでご了承くださいませ。記・加賀百萬石 【加賀ゆかりの菓子】
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定価10,000円(消費税込み)

