嵯峨饅頭・求肥昆布
上皮を剥いでつくね饅頭を、嵯峨野の空に浮かぶおぼろ月に目立て、『嵯峨饅頭』
あるいは『おぼろ饅頭』という。中には白あんが入っている。十八世紀以降、公家は
これに『求肥昆布』を添え、接待に用いた。『求肥昆布』は湿らせた昆布の芯を扇形に
結いだもので、独特の甘みが『嵯峨饅頭』によく合う。唐草若松紋様の有職の
杉製高杯に盛ると、いかにも公家好みの風雅さが際立つ。
藩政期の前田家は徳川家のみならず、今日の公家とも積極的に縁戚関係を結んだ。
多分に政略的な意図もあっただろう。三代藩主利常公息女の富姫は、桂離宮を築いた
八条宮智忠(としただ)親王に嫁ぎ、五代藩主綱紀公息女の直姫は関白二条吉忠に
嫁いでいる。
綱紀公は参勤から帰国と中の享保五年(1720)4月16日、わざわざ京の二条家を
訪ねている。『加賀藩主古蹟史』によれば、まず大徳寺芳春院を詣で、藩祖利家公以来、
御用を務めてきた呉服屋大森屋三郎兵衛方へ立ち寄った後の訪問だった。
この席でどんな菓子が供されたかは不明だが、菓子の格や雅な意匠から察するに、
『嵯峨饅頭』こそふさわしかろう。直姫の輿入れ以来、8年ぶりに再会した父娘の間で、
どんな情感が交わされたのだろうか。
北國新聞 出版局 月刊「アクタス」より
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